嚥下、という名前の知り合いがいる。もちろん本名ではなくて、SNS上の名前が嚥下、なのだけれど。 『嘔吐にしようかと思ったけど、他のメンヘラ共と被るからやめた』とはいつの発言だったか。多分私のいいね欄のどこかに埋もれているけれど、探す気にはならない。逆に言うと、嚥下の発言が埋もれてしまうぐらいずっと前からの付き合い、ということになる。 嚥下は私が自撮りを上げだした初期から、私のフォロワーだった。彼女は言葉選びがとても上手くて、DMでは私の容姿も長々と褒めてくれた。それが性分なのか普段の発言も長文じみたものが多く、どこかで小説か何かを書いているらしいけれど、私はそれを読んだことがない。 話を戻すと、嚥下は精神的に不安定な女の子だということは、私にも簡単に予想がついた。しょっちゅう沢山の錠剤が入ったチョコレートの空き箱の写真をアップしたり、リストカットの写真をアップしては数分で消すということを繰り返していたから。親の愚痴と厭世的な発言は常で、深夜帯にはよく文法のおかしい発言をしていた覚えがある。『空、緑の標識。全員死ね、喉、ヘルパーの叫ぶ夜。車椅子三千里。///ルートに。!!!と』なんて、詩と錯乱のはざまみたいな文章を投稿することもよくあることだった。
傍から見ていて、彼女はとても生きづらそうだったし、家庭環境も良好だとは言えなかった。でも、彼女にはどこかカリスマ性みたいなものがあった。社会不適合者であるが故のそれは、インターネットでしか生きられない偶像に近しい。彼女のファンはファンというよりも信者のようだったし、彼女のDMにはリスカの報告が大量に送られてくるのだと本人から聞いたことがある。嚥下自身はその事に関して特にどうとも思っていなかったようだけど、ある日彼女はインターネット上のオーディションに参加することになっていた。そしてあっという間にそこそこの賞を取って(この賞も私にはよく分からないものだった)、フォロワー数がどっと増えた。彼女は文字上のインタビューで『なんか勝手にエントリーされてたみたいで、ネットって怖いですね』と答えていて、一体何万人がお前が言うな、なんてツッコミをしたんだろうと凡庸なことを考えたりした。
私は一度だけ嚥下に会ったことがある。たまたま私と彼女の好きな映画が再上映されるということで、町外れの小さな劇場で待ち合わせをした。彼女は夏なのにフード付きのパーカーとマスクと眼帯をしていた。私が「目、怪我してるの?」と聞けば、彼女は笑って首を横に振った。 「自分の顔面、大嫌いなの。だから極力外に出したくなくてこうしてる」 サングラスだと職質されちゃったから、妥協点がこれ。 そう言った彼女は、どこまでも普通の女の子に見えた。正直なところ、ずっとまともそうで、ガッカリした。私達は映画を見たあと喫茶店に入って涼むことにした。彼女はマスクを外すことすらしたくないらしく、一番安いアイスコーヒーを頼んで、それから一度も口を付けなかった。私が「もらっていい?」と聞くと、彼女は笑って「いいけど、お腹壊さないでね」と言った。 「私、えななんの顔大好き。本当に綺麗な顔してるもん。私もえななんみたいな顔で産まれたかったなあ」 「そうかな?正直自撮りなんて加工の角度の問題だと思うけどね」 「あはは。えななんがそれ言うの、めちゃくちゃウケんね」 「私の方こそ、嚥下ちゃんみたいな感じになりたかったよ。カリスマ性って言うの?」 「あー、そうね」 彼女が少し困ったような雰囲気を出したので、私は何か変なことを言っただろうかと口を噤んだ。なんとなく変な空気になってしまって、私はもぞもぞと何度も座り直す。 「…………さっきのえななんみたいこと、結構言われるけどさ。私になんか、ならないほうがいいよー」 「そんな卑下しなくても」 「いや、卑下とかじゃなくてさ。本当に、こんな自分の傷とかひけらかして人気出ても嬉しくないよ」 「……ひけらかせる傷あるだけいいじゃん。私なんか何も無いよ……」 思わずそんな言葉が口を出て、しまった、と思った時にはもう遅かった。嚥下は怒ってこそいなかったけど、なんだかとても悲しそうな顔をしていた。 「……私は、もっとまともになりたいけどなあ」 そう言って彼女は手首を無意味に触る。そこには夥しいほどの傷跡があって、私はそれすらも羨んでしまった。私達の間には、一生埋まらない溝があった。
それから私と嚥下はなんだか気まずくなってしまって、もう二度と会わなかった。この前久しぶりに彼女のSNSの更新は二年前に止まって、それきりになっていた。それ以来、女の子が自殺したというニュースを見ると私は嚥下を思い出して、名も無き死体の手首を想像してしまう。