少女が彼と出会ったのは地域の公民館で百歳体操に参加していた時だった。百歳体操とはその名の通り百歳まで生きよう、をコンセプトとしたお年寄り向けの体操だ。では何故まだ高校生の彼女がそんな催しに参加しているのかと言うと、単純に、友達がいなかったからだ。少女は今まで一度も友達というものが出来たことがなかった。だから夏休みの間は祖父母と一緒に公民館に行って、この百歳体操をするのが習わしだった。 少女は、友達が欲しかった。赤毛のアンで言うところのダイアナのような存在。そんな存在と菫の砂糖漬けというものを食べてみたいと、ずっと夢想していた。 そんなある夏の日に、少女は決めた。今から私の右隣に座った人に話しかけようと思った。ちなみに彼女の祖父母は各々の友人達と談笑している。この公民館でも、彼女は一人ぼっちだった。 そう内心で意気込んでいると、彼女の隣に誰かが座った気配がしたので、彼女は勢いよく横を向いて声を上げた。 「あ、あの!」 「…………私?」 顔色悪ッ。少女から老人に対する印象はそれに尽きた。捻り出しても、顔色のメチャクチャ悪いノッポのお爺さん。実の所、それはかの吸血鬼達を束ねる御真祖様であるのだけれど、そんなこと少女が知る由もない。 「そのっ、いきなり、不躾で大変ッ、誠に申し訳ないのですが!」 少女は止まれなかった。もうここを逃せば自分の勇気は二度とわかないだろうと思って、沢山の修飾語をたどたどしく付けながら喋った。一方の真祖は「うん」と頷くだけである。 「わ、私とッ、その、おおおおっ、お友達に……」 「いいよ」 「えっ」 「いいよ」 一つ返事どころか真顔とそれに似つかわしくないダブルピースが返ってきたので、少女は目を丸くした。 「で、何する?」 「な、何を、ですか?」 「うん」 どこから端末を取り出し、女子高生の如き素早さでタップとスクロールを繰り返す彼を、少女は呆然と見守った。そして彼の指が止まると、少女もびくりと身を揺らしてしまう。 「最近の流行りだって」 「はあ…………」 画面のSNSには、うんたかかんたか(少女には視認できない言葉だ)ラテというものが映っていた。有名なカフェチェーン店の新作らしいことしか分からない。 「これが、流行りですか……」 「飲みに行こうよ」 「エッ」 「アレルギーある?」 「い、いえ……花粉しかないです……」 「じゃあこれ終わったら行こ」 語尾を短くした今風の言い方をする真祖。そんな彼を呆然と見る少女を他所に「みなさ〜ん。今日も百歳体操、元気に始めていきましょう!」という、呑気なビデオの声がする。 私はとんでもないひとに声をかけてしまったのではないだろうかと、少女が薄ぼんやりと認識した瞬間だった。 とは言え、少女と真祖はそれなりに仲良くやっていた。百歳体操が終わったらいつもカフェで駄弁ったし、たまーに映画を見に行った。夏になったら海に行ったし(少女は何故かマイクロビキニにされかけた)、冬になったらスキーもしたりした(少女は何故か野球拳を申し込まれかけた)。 そんな日々が続いたある日、真祖はいつものカフェで「そういえば」と言った。少女も最早ここに来ると慣れた様子で「何?」と返す。 「やりたいこと、一度も聞いた事が無かったな、と思って」 基本的に真祖という吸血鬼はゴーイングマイウェイである。自分ルールで行動して、他人を振り回すのが本性というかなんというか。だから提案はいつも彼からで、今日はだけなんとなく、こんな質問をしたのだった。ドラルク達が聞いたらなぜ普段からそうしてくれないのですか!?と詰め寄られそうだが、それはともかく。 そんな問いを受けた少女は笑って何かを言おうとしたけれど、すぐにその口は閉じてしまう。そして瞳に水が張ったかと思うと、顔に手を当てて、泣き始めた。真祖は腹痛か何かかと首を傾げた。この少女の、人間の気持ちなんてちっとも分からなかった。 「なんか……私……勘違い、してて……」 「うん」 いつかと同じように、真祖はそれだけを言った。 「私の人生が最低なのは……友達がいないからだって……思ってて……でもっ、そうじゃないって、分かって…………」 「うん」 「あなたがいても……両親ふつーに離婚したし…………学校では虐められるし……おばあちゃんは老人ホーム行くし……おじいちゃんは徘徊してるし……」 「うん」 「私の人生が最低なのって…………足りないとかじゃなくて…………単に、私が最低だったんだって、気づいて…………」 この時だけは、「うん」という言葉は少女の頭に降ってこなかった。返事が無いことを不審に思った彼女はぐずぐずと鼻をすすりながら顔を上げる。 そしたら、そこには誰もいなかった。 「…………あ、」 置いていかれたんだ、と少女は冷静な頭で考えた。ここに来て冷静になった自分に、なんだか笑ってしまいそうだった。嘘。全然笑えない。少女は普通に悲しかった。だからでは無いけどまた泣こうと思って、そうしたら店内だというのに凄まじい勢いの風が吹き付けた。店内はしっちゃかめっちゃかになって、ぎゃー、だのうおー、だの小市民達の声が響き渡る。目を再び開ければ、無事なのは少女と彼女の座っている椅子だけだった。 そして目の前には、顔色の悪い老人が一人。 「これあげる」 そんな淡白な声とともに降ってきたのは、植物だった。雨を吸って青々しい匂いのそれが、少女の頭にバサバサと降ってくる。その一つを彼女は手に取った。四つ葉のクローバーだった。 「これ、あるといいらしいよ」 ふんわりし過ぎだろ、と少女は思って、涙は引っ込んだ。そして頭に乗ったクローバーを払って、真祖を見つめた。 「…………いらない」 「マジ?」 「マジでいらない。どうせ腐るし」 金の方がまだマシだと続けようとして、止めた。彼なら本当にやりかねないと思ったからだ。だから少し考えて、こう言った。 「いらないから、また遊んで。私と。あと出来たら、百歳まで生きて。それだけでいいから」 「り」 最近覚えた了解を意味する単語で、真祖はあっけらかんとそう返した。