「……死ぬのか」 「ええ、死にますとも」 女はにっこりと笑った。

万葉が久しぶりにその女のもとに顔を出せば、あれだけ乱雑で埃っぽかった女の部屋から物が減っていた。そこで万葉の口から出てきたのは「掃除したのでござるか」という言葉ではなく先の言葉で、そして事実それは正解だったらしい。 女はこうと決めたら、たとえ天地がひっくり返っても、将軍様に首をはねられようとも動かないことを、万葉は知っている。だから少し考えた彼は、次にこんなことを言った。 「だったら、拙者も手伝うでござるよ」 女は驚いたように目を瞬かせて、それから嬉しそうに頷いた。

「巷では、ときめくものとときめかないもので、捨てるか捨てないかを判断するらしいです」 「それは拙者の知る巷では無いのだろうな」 「まあ全部手放してしまいますから、関係ないないのですけど」 じゃあなぜ言ったのか、と半目になる万葉を尻目に、女は風呂敷に包んだそれらを背中に背負う。 女は使えるもの使えないものと分けて、前者は様々な人間に配り歩くことにしたらしかった。御伽草子は子供に、まだ使える食器は露店の店主に、服の類は雑巾にでもしてくれと村の人に。そして使えないものは全て燃やしてしまうことにした。 「拙者をこのように使うのは、貴女ぐらいのものでござろうな」 「それは万葉殿の交流の規模に問題があるのでは?私のせいにしないでください」 「………………」 呆れた万葉に風を起こしてもらい、その中で火を起こす。本来ならば火事になるような規模の炎でも、風に守られて、高く高く登っていくだけだ。 そんな光景をぼんやりと眺める女の横顔は、昔とちっとも変わっていない。

万葉が彼女と初めて会った時も、彼女の部屋は酷く乱雑で色んな場所に色んなものがあった。 そして彼女は万葉の顔を見るにつけて、『ちょっと待っててくださいね』と部屋の中を漁り始める。そして一つの木箱を取り出すと、微笑みながら万葉に渡した。 『…………これは?』 『今の貴方に必要なものです。大事なものを、無くさないようにするもの。よすが、と言い替えてもいいかもしれません』 中には組紐が入っていて、そして今その組紐は、かつての親友の神の目を結びつけるのに使われている。 とまあ、こんなふうに、彼女にはこんなところがあった。あるべきところに、あるべき物を引き渡す力。それは特殊能力と呼ぶにはあまりにもか弱く、儚いものだったけれど。 『…………かたじけない』 それでも────万葉にとっては、確かに幸いだったのだ。

「どうしてか聞いてもいいでござるか」 「それはもう聞いてるのと同じです」 火の嵐を眺めながら、万葉はそう問いかけて、なにを、と言わずとも女は分かっているようだった。それぐらいの仲ではあったのだ、二人は。 「無くなったの」 「無くなった」 「あげられるものが無くなってしまった」 「ならばさっきまで配り歩いたものや、燃やしたものはどうしたことか」 「そういうことじゃないの。物の話ではなくて、心の話ね」 女は薄く笑ってそう言って、それ以上は何も言わなくなってしまった。 火の嵐は、未だに空へと立ち上っている。

「明日、お礼をするから、ちゃんと来てくださいね」 「気にせずともよい」 「まあまあ、いいからいいから」

そんな会話をした次の日に、万葉は彼女の家を訪れて、それからやられた、と思った。昨日の時点ではまだ少し残っていた荷物やらが全部無くなっていて、部屋はもぬけの殻だった。 「…………」 他に自分に残しているんじゃないか、ということを考えたけれど、同時にそれが叶うことがないのを、彼は知っている。彼女はそういう女だった。万葉の期待を、ことごとく裏切る。いい意味でも、悪い意味でも。 彼女のそんな最後の嫌がらせは、実によく万葉に効いた。 家を出ると、目の前には小規模な焦土が広がっている。昨日火の嵐が舞っていたその場所に、万葉は立った。立って空を見上げたけれど、どうにもやはり、彼女の気持ちというものは一切合切分からないのだった。