電車は苦手だ。地元は田舎だったから、電車に乗るよりも自転車に乗る方が多かった。ここに来ても未だに慣れない。駅を探すことはむずかしいし、右と左に向かう電車のどちらに乗ればいいか、分からない。時間が決まっているということも、わたしの不安症を煽った。間に合わなければ、どうしたらいいのだろう。 だからこんなふうに、無計画に、適当な電車に乗り込んだのは初めてだった。月曜日の昼間には、お年寄りしか見当たらない。扉近くの席に腰かければ、溜息が漏れた。わたしの回避行動も、ここまで来ればもう弁護のしようがないだろう。携帯の電源を切る勇気はなくて、機内モードに留めておく。うららかな陽気だけが、唯一の救いだ。 地元にいた頃、母はわたしを理由もなく、海に連れ出してくれた。わたしが憂鬱な顔をすれば、海に行こうか、と軽やかに言う。母の車に乗りながら見た、暗い夜道をわたしはまだ覚えていた。わたしも特に海でやりたいことはなくて、実際に人気のないそこに行っても、暗闇から聞こえるごうごうとした音を聞くだけだった。海に行ったところで、わたしの地獄は終わらない。そんなことは期待しない。それなのになぜ、わたしはその声にいつも頷いてしまうのだろうと、流れる夜道を見ながらわたしはよく考えた。今なら分かる。わたしと母にとって重要だったのは、海ではなく海に行くことだったのだ。海に行けば、どうにかなりそうな気がしていて、それだけで十分だった。 だからわたしは、海を見に行こうと思った。海の居場所は知らないけれど、地図を見たら今より右にあったから、多分向きはこっち。勘でこんなことをするのは、生まれて初めてのことで、ドキドキというよりもこころがメリメリと軋む音がする。ああ、死にたくなってきた。とりあえず、終点を目指そう。それまで寝よう。ドアが閉まる音がして、わたしは蹲るようにして目を閉じた。背中から、振動が子守唄のように伝わってくる。

特別な人間になりたいだなんて、一度も思ったことがなかった。傲慢な言い方をすれば、興味が無かったのだ。昔から、班長になるのも委員長になるのも嫌だった。学校でわたしたちは、特別な人間には責任が伴うことを学ぶ。そして大抵そういうことを好むひとと好まないひとがいることも知っているので、あとは流れに身を任すだけ。大多数に合わせて、わたしは手を挙げる。ああ、今回の生徒会長の子、名前、なんだっけ。 特別な人間にならなくていいから、わたしは無傷のままでいたいと思った。だからそう振る舞う。忘れ物をしない。遅刻をしない。人の顔を見て、話を聞く。先生たちは、わたしのことを真面目だと言った。言葉を変えて、みな一様に真面目だと言う。わたしのこころは少しも動かなかった。だって、そう振舞っているから当然だ。1+1の式ぐらい、子供でも分かる事だ。わたしの根幹は真面目どころか面倒臭がりでしかないので、それはある種、演技としての評価かもしれない。演技と呼ぶにしても簡単すぎるから、どちらにせよわたしのこころは動かないんだけれど。 そんなわたしの平凡が、みんなの平凡と少しだけ違うのことに気がついたのは、いつだったか。他の子は、他人が怒られてても平気らしい。先生の顔色が気にならないらしい。悪い物事を、想定なんてしないらしい。わたしの地獄がみんなの平凡らしいと気がついたところで、わたしのこころは音を立てて軋んでいくだけだ。わたしのほんの少しのおかしさは、軋んだこころは、わたしを特別にしてしまうだけの理由になった。なってしまった。でも、そんなもの、わたしは望んでなんかいなかったのに。特別になるぐらいなら、こころに傷がつかない方が、もっとずっと良かったのに。 だから浅桐を恨んだ。浅桐のこころを恨んだ。わたしのこころを軋ませた全てを恨んだ。わたしという存在を恨んだ。 でも、本当は分かっている。たとえわたしのこころが軋んでいなかったとしても、わたしは浅桐の持つ天才の称号には耐えられない。あれは、彼だけが持つ、彼だけの責任だ。わたしには、あんな重いものを持つ勇気がないと、最初から分かっていたはずなのに、恨まずにいられないのは悪癖としか言い様がない。持て余すものを欲しがるなんて、クリスマスの子供しか許されないのに。浅桐はわたしとは違うから、わたしの悪癖を見逃してくれる。眼中にない、と言った方が正しい。わたしの上位互換は、わたしという下位互換に目を向けない。彼はいつだって高みを見ている。わたしは彼に怨嗟を吐き出しながら、そのままでいてくれと呪いのような祈りをする。こんなところなんて見なくていい。こんなところなんて来なくていい。おまえがいるなら、わたしは、わたしはもう、死んだっていいんだ。

「…………あ」 目が覚める。悪い夢を見ていたような気がして、あまり眠れた気がしない。体が歪んでいて、伸ばすと思わず声が漏れた。電車が出発してからまだ一時間も経っていない。終点はまだ遠い。海の姿も見えない。わたしは軋んだこころを持て余して、窓の外を眺めることしか出来ない。 頭に浮かぶのは悪いことばかりで、退職から逮捕まで発想が一気に飛んでは頭がくらくらする。

あの夜、浅桐は本当に屋上から落ちた。落ちたというよりも、飛び降りたと言う方が正しいかもしれない。笑いながら、軽やかに、わたしが手を伸ばす前に、視界から消えた。わたしは自分が何をしたか、そして彼に何が起こったのか理解出来なくて、息を止めていた。嫌な音がした数秒後に全てを理解してしまった瞬間、ただただ逸るこころのまま階段をかけ下りる。ギプスが煩わしく感じたのはそれがはじめてで、転けるようにして三津木くんの部屋に飛び込む。こんなときに、人を選んでしまうわたしはどこまでも浅ましくて情けない。要領を得ないわたしの説明が、上手く彼に伝わったかはわからないけれど、ただ、何かとても良くないことが起こっているのとだけは理解してくれたらしく、此処で待っていてください、と外に出ていく彼の背中を呆然と見送ることしかできない。 (し、死んでたらどうしよう。死んでなくたって、怪我してるに決まってる。わたしのせいだ、わたしが、わたしがあんなこと言うから罰が当たったんだ……) 体が震える。わたしはまだ、近しい人の死に直面したことがない。死にたいと呟く癖に、死には耐性がない。他にも人を呼ばなくてはいけないと分かっていても、力が抜けて立つことができない。血がばくばくと頭の中に流れるのを嫌というほど感じる。 (わたしが死ねば良かった……わたしが飛び降りるべきだった……わたしに勇気がないからこんなことになったんだ……) 数人の騒がしい声がして、誰かがわたしを見つけて声をかけてくれるけど、わたしはその声をうまく認識できない。わたしは、わたしのことはいいから。そんな言葉すらも震えて言えなくなる。涙も出てこない自分は、浅桐を心配する資格も、憎む資格もないように思われて、本当にどうしようもない。 ここに居てはいけない、という感覚がわたしの足を立たせた。人気のない夜の廊下を、壁に体を預けながらゆっくりと進んでいく。自室に戻って、手近にあったバックに財布と、携帯をまず詰め込んだ。それから充電器と薬を手に取ってしまう自分はどこまでもひとのこころがない。生きているべきじゃない人間だろう。近くにあった紙の裏に、鉛筆で、文字を書く。 わたしは逃げた。色んなことが恐ろしくて、怖くて、自分のせいだと認識することが嫌で、逃げ出した。死にたいと思ったことは何度もあるけれど、死のうと思って本当に外に飛びだしたのは生まれて初めてだった。夜道を歩きながら、わたしは駅を目指した。母の言葉を思い出す。海に行こう。海に行って、それから死のう。今なら本当に死ねる気がして、わらうしかない。嘘。全然わらえない。わたしはわたしを可哀想だなんて一度も思ったことがないけれど───────それでも、わらえたことなんて、一度も無かった。

終点、という声がわたしの沈殿した意識を呼び戻す。もうすっかり人はいなくて、広告もろくにない駅に降りた。自転車駐輪場はガラ空きで、あまり使われていないらしい。携帯の電波を戻すのには、少しだけ勇気が必要だった。きっと、着信が残っていて、メッセージなんかとも向き合わなくてはいけなくなるから。でも、支給されたこの端末のGPSを入れておかないと、いよいよ警察沙汰になってしまう。だからなるべく画面を見ないようにして、鞄の中に仕舞った。 陽炎が線路の先に見えるくらいには、今日は暑い日だった。 ああ──────────はやく、海に行かないと。

寺山修司と出会ったのは、一冊の本の中だった。わたしは、彼を天才だと思ったことは無い。たとえ彼が本当に天才だとしても、きっとそんなふう呼ばれることを、彼は望まないと思うのだ。天才は沢山いる。それでも、寺山修司が出来るのは、彼一人だけだ。彼の不理解さを証明できるのは、彼だけなのだ。 詩を書いた。短歌を書いた。唄を書いた。劇を書いた。競馬誌を書いた。ありとあらゆるものを書いた彼は、寺山修司という存在にしか成りえない。彼の人生はすべてが嘘で、どこまでも本当だ。そして、彼は現実を、そして自らの人生ですら、舞台に落とし込もうとした。 わたしは、それを理解した瞬間、こころが震えた。舞台の上になんて、生まれてから一度も立ちたいと思ったことは無いくせに。そんな度胸なんてないくせに。スポットライトは眩しくて嫌いなくせに。わたしのこころは、どうしようもなく舞台を欲していた。この世は舞台であれと、そう祈るようになった──────────彼が見たその景色を、わたしも見たくなったのだ。 わたしは彼に会いたかった。会って、話がしたかった。けれど、彼はもういない。わたしが生まれてきた時にはもう死んでいて、それがどうしようもなくかなしい。わたしという存在は一人でいいと、そんな傲慢を振りかざしながらも、埋められない空白を持ち続けていた。 寺山修司曰く、世の中の生命の絶対量は一定であり、誰か一人が生まれるには誰か一人が死なねばならないらしい。自分が生まれた時、死んだ時に誰かの生命を引き継いでいる。きっとその人間は同じ性格で同じ血の色をしているに違いないのに、もう二度と会うことはない。この同じ性格で同じ血の色をした人間が、きっと、わたしにとっての浅桐なのだと思った。わたしが彼をどうしようもなく憎んでいるのは、出逢うはずのないわたしたちが摩擦してしまったからではないだろうかと。寺山修司は浅桐ではないし、浅桐も寺山修司ではない。でも、彼がいなくなってしまったこの世界で、浅桐と会えたことを、わたしは尊ばずにはいられない。憎まずにはいられない。なぜなら、きっとわたしの存在は彼に押し出された余剰であり余分だと信じているからだ。