「先輩、早く起きてください」

「……あ?」

「まだ夢でも見てるんですか? 早く起きてくださいよ」

よく見知った女の顔がドアップでオレの視界に映り込む。それが不快で反射的に額を叩けば、女は蛙が潰れたような声を上げてオレの頭を叩き返してくる。ふざけるな、お前とは頭の出来が違うんだぞ。

「よくもこの美少女の顔に傷を……先輩とは顔の出来が違うんですよ! それに明日は、待ちに待った本番なんですから」

「本番……何の本番だ?」

「何のって、後輩であるわたしが、先輩の作った脚本で、明日演じる舞台のことじゃないですか」

「ああ……」

そうだ。そうだった。

目の前の丸眼鏡をかけた愚図女────こいつは、オレの後輩だった。たった二人の演劇部には、役者を選り好みする余裕もなく、天才であるオレが書いた脚本も、演じるのは凡人であるこいつしかいないってわけだ。全く反吐が出るね。

「ったく、なんでお前しかいないんだよ。お前にマリーが務まるとは思えねえ」

演目は、どうしてもとこいつが強請った戯曲を改変したものだ。本来なら最低でも三人程は必要だが、役者はこの女だけ。つまり、全て一人でこなすのだという。ここまで来ると改変どころか別物で、侮辱とも言えるだろう。ところがこの女は平然とそれでもいいのだと笑った。自分がマリーを演じることに意味があるのだと。

「そもそも元の主人公が男娼って時点で無理があっただろ。お前は女なんだぞ」

「わたしだって好きで胸を膨らませてるわけじゃないんです。股から血を流してるわけじゃないんです。だからそんな寂しいことを言わないでくださいな。それにほら、そこは先輩の腕の見せどころだったでしょう?」

「……演じるお前が見せなくてどうするんだよ」

「あはは、確かに」

後輩は、明らかに舞台に向いていない。生来の性格として、過敏すぎるのだ。いつもそうだった。舞台が始まる前、舞台袖でこの女はいつも蹲って嫌だ嫌だと泣きわめく。上手く息ができない、死にたいと勝手に人生の走馬灯を自分で灯してはまた泣きわめく。化粧が取れるからやめろと言ってもその全てを台無しにしてきた。鬱陶しいったらありゃしない。

ただ────それでも、いざ幕が開いて、自分が逃げられないと悟ると、後輩の体は当然のように動いた。当然のように台詞を吐いた。当然のように表情を貼り付けた。その事に、後輩はいつも不思議そうな顔をする。

わたし、あれだけ駄目だって思ってて、というか実際そうなんですけど。でも、舞台の上に出ると、何も分からなくなってしまうんです。何も分からなくなって、でもやるべきことだけが分かって、体も、心も、勝手に動いてしまうんです。