「ねえ、早く起きて」
「……あ?」
「まだ夢でも見てるの? 早く起きてよ」
よく見知った愚図女の顔がドアップでオレの視界に映り込む。それが不快で反射的に叩けば、女は蛙が潰れたような声を上げてオレの頭を叩き返してくる。ふざけるな、お前とは頭の出来が違うんだぞ。
「よくもこの美少女の顔に……君とは顔の出来が違うんだからね。それに今日は、特別な日なんだから」
ステンドグラスを通る光が、女の青白い顔を色付けていた。ここは教会らしい──バカデカい十字架が背後に見え隠れしている。
「……特別な日?」
誰の、そして何の、という言葉が口から出る前に、オレはそれを理解した。嫌でも分かる。何故なら目の前の女は、分かりやすいぐらい、花嫁衣裳を身に纏っていたからだ。ご丁寧なことに、うっすらと化粧までしてやがる。
ただ、その白いウエディングドレスはどうにもこの女に似合っていない。無理やりピースを当てはめたような、違和感があった。
「お前、結婚するのか」
「うん。そうだよ」
女は笑った。それこそ本当に、〝女〟のようにだ。だからこそ逆に、いつも通りの地味な眼鏡が余計に目立つ。白い服に零した染みのように。
「……その野暮ったい眼鏡は外せよ」
「駄目だよ。これはわたしがわたしであるためのものなんだから。外してしまったら、きっと君だって、わたしのことが分からなくなる」
「へえ、お前の旦那様でもか?」
「うん。旦那様だろうが、君だろうが、わたしのこと、分からなくなるよ。それにこれは衣装なんだ。わたしがわたしであるための」
衣装。白いドレスに身を包んだ女が、なんの変哲もないメガネのことをそう呼ぶのは、どうにも違和感がある。そんな違和感をかき消す様に、鐘が鳴った。その音は反響して、教会全体に響き渡る。寝起きのオレにとっては不快でしかない。顔を顰めれば女はまた笑った。
「もう、そんな顔をしないでよ」
「うるせえな……おい、客はオレ一人だけか?」