1

「いやね、皆へんな君のことキモいキモいって言うでしょう?だから私の中ではすっかり君がチンコ同然の姿になってるんだと思ってたんだけど、よくよく考えたら私って目が見えないからチンコ自体見たことないんだけど……!?思って」 「え?何?どこから突っ込めばいいんですか私これ」 「ダハハハ!」 「いや豪快。ダハハハ、じゃないんですけど」 「あー面白。それこの前コンビニ行った時にふと思い出して声出ちゃってさあ、フリーボイス、女性ダメージボイス1みたいな。気味悪がられたよね」 「あなたのその癖本当にどうにかした方がいいですよ。かくいう私もたまにビビりますからね。しかも説明しないし」 「ダハハハ!」 「笑って誤魔化さない」 「あーおかしい…………えーと、で?そのさっきやって来た二人組はどちら様?」 そう突然、ぐるりと向けられた視線に、ロナルドとドラルクの頬は引きつった。 吸血鬼へんな動物から相談があるのだと、シンヨコをパトロールしていたロナルド(とそれを煽っていたドラルク)の元に電話が来たのはほんのついさっきのことだ。まあ知った相手だしどうせロクな相談じゃないからと、事務所の中に入れてやったはいいものの、何故かへんなは見知らぬ女性を連れて、しかもクソくだらない会話をしているものだから、ロナルドは空いた口が塞がらなかった。なんでこんなやつに彼女がいるんだよ、と思った。別に彼女だとは一言も言っていないのだが。 「いやいやロナルドくん、こちらのお嬢さんはあれかもよ、脅されてやって来てしまったのかもしれない。こう……なんかこう……あれだよ」 「わやわやしまくってるがそうじゃねえと理由がつかねえよなあ!くたばれクソ吸血鬼!」 「うわーっ!何もしてないのに!?」 そんな光景をぼんやりと眺めていたらしい女は、小さく笑うとこう言った。 「あの、人の話聞かないのって事務所としてどうかと思うんですけど。仕事する気ってあります?」 「………………はい」 それはロナルドにとって何よりも鋭利な刃物だったので、彼は大人しく椅子に座る。 「あー、彼女いつもこんなんなんで、気をつけた方がいいですよ。いきなりこう……グサッて感じで」 「ダハハハ」 「ほら全然反省してない。……いや、まあもういいです。そんなわけで今日は彼女がロナルドさんに依頼をしたいみたいなんですよね」 「はい……俺のようなダボがお力になれるか分かりませんが……」 「おい若造しっかりしたまえ」 「実は、私の白杖がどこかへ行ってしまって」 「はあ、白杖が…………って、白杖?もしかして貴方……」 ロナルドはへんなに気を取られて見ていなかった彼女の顔を見る。するとやはり、その瞳は閉じられていた。 「はい。私、目が見えないんです。生まれた時からずっと。だからあれだよね、へんな君のエロネタも拾いきれないんだよね。目隠しで感度倍増!みたいなネタも永遠に理解できないし。こっちからしたら感度半減だもん」 「絶妙にツッコミにくいこと言うのやめてくれませんかねえ!?」 「いやもう彼女ずっとこんな感じなのでいちいち反応したらキリがないですよ」 「白杖とは……確かあれですな。視覚にハンデを抱えた人々が足元を確認するためのものでしたか」 「はい、まあざっくり言うとそうですね。障害物の確認とか、あとは自分が視覚障害者ですってことをアピールするためとか。そもそも杖を使っている視覚障害者にも、私みたいに何も見えない全盲とか、ある程度までは……って弱視とか、結構いろいろです」 「へえ……べ、勉強になります」 「成程。ではここに来るのも大変だったのでは?」 「うーん、それは別に?へんな君いたので」 その言葉に、ロナルドとドラルクはさっとへんなに目を向けたが、へんなは素知らぬ顔をして背中に生やした羽を動かすばかりだ。 「……あれ、へんな君今めっちゃ詰められてる?なんで?」 「どうして貴方みたいな面倒なひとを連れてきたんだろうって思われてるんですよ」 「いや思ってねーですそんなことは!……というか、よく分かりましたね……俺もドラ公も、黙ってたのに」 「ふむ、確かに言われたらそうだ」 「目が見えない分、感覚が他のところに割かれてるというか。目が見えている人より存外、色んなことに気づきやすくて。これって漫画の設定みたいでウケますよね」 「な、何がウケてるのか全然わかんねえけど依頼は引き受けました!大事なもんですもんね、それ。無くなった場所に心当たりはありますか?」 「あー……いや、それが……」 そんなロナルドの言葉に、女は少し困ったように眉をひそめて、へんなの方を見た。彼はその視線を受けて、「彼女の説明だと伝わるか分からないので、私が代わりに説明します」と口を開く。 「白杖は、逃げたんですよ」 「はあ?逃げた!?なんでだよ、白杖って動物かなんかか!?」 「吸血鬼擬人法大好き(ただし擬人化ではない)ってやつが突然現れて……彼女の白杖になにかしたみたいなんですよ」 「(ただし擬人化ではない)の部分クソムカつくな」 「それでまあ、彼女は追いかけられるわけもなく、鬼電で呼び出された私はロナルドさんを頼ったわけです」 「というか今更だが、コイツが下ネタ言わないの違和感あるな……」 「うるせえ!気持ちは分かるけど今は白杖探しだ!ええと……じゃあ貴女はコイツと事務所に居てもらって……」 「いえ、私も行きます。足手まといかもしれませんけど、心当たりがあるんです」 「心当たり?」 「ええ、私の白杖が行きそうな場所に、心当たりが」

「それがここですか」 「はい。ここ、いっつも通る駅の入口なんですけど」 「はあ……一見すると普通の駅の入口……という感じですが、どうしてここに?」 「いや、ここ、どうも駐輪場があるっぽいんですけど、そこの自転車がいっつも点字ブロックの上に乗っかってて。通る度にアホボケカスと思ってたんですが」 「お、おお……まあ確かに良くないですけど」 「私の白杖なら絶対ここの駐輪場の自転車、全部ぶっ壊してると思うんですよね」 「どんな信頼!?」 「何をそんなふうに堂々と言っているか分かりませんか、今のところ変な様子は……」 「……あっ」 ドラルク達がそんな会話をしていると、突然、女が声を上げて躊躇いもなく走り出す。 「ちょっと!いきなり走り出したら……ってウワーッ!?」 「これは……壮観だな、ここまで来ると……」 その後を追って角を曲がれば、そこには塔があった。そう、塔。ぐちゃぐちゃに折り曲げられた自転車が積み重なって、高い塔を織り成していた。そしてその頂点には、白杖が聖剣のように突き刺さっている。 「へんな君、今これどうなってる?」 「どう……どうって、あれですね。何かしらのメタファーみたいになってますよ」 「何?チンコってこと?逆説的に?」 「わー!俺が!俺がどうにかしますんで!」 そうかき消すように叫んだロナルドが、慌てて自転車の塔を登っていく。女にはその光景が見えないはずなのに、彼女の視線はロナルドを確かに追っていた。 「……ねえ、へんな君」 女は塔から目を離さずに、そう、隣にいるはずのへんなに話しかけた。 「はい?なんですか?またうちの両親しか笑わないクソジョークでも飛ばすつもりじゃないですよね」 「……あはは。まっさかあ。そんなわけないよ。うん、ちょっと………………いや、やっぱなんでもない」 女は視線を下げて、後ろ手を組んで口を閉じた。その物言いにへんなは思うところが無いわけではなかったけど、結局そのまま言葉を続けることは無かった。 数分もすれば、ロナルドによって白杖は彼女の手の中に戻ってくる。目撃者によれば手足が生えて大暴れしていた白杖は、今やすっかりただの杖だ。女はその話を聞いてゲラゲラ笑ったあと「私も見てみたかった!」と言ったけれど、それがタチの悪い冗談なのか本心なのか、ロナルドにはさっぱり分からないのだった。

2

女は昔から高いところが好きだった。だから今でも週末なんかには、東京タワーだとか東京スカイツリーだとか、そういうところに行くし、今住んでいるアパートも一番高い階にした。 ───そして今も、高い木に昇って、おりられなくなっている。 どうしたもんかな、と女は存外呑気にそんなことを考えた。皆思った以上に上を見ないものだから(それ以前に木の上に人がいる想定をしていないから)、誰も彼女に気づかない。女がつい先日戻ってきたばかりの白杖を手で弄びながら、足をぶらぶらとさせていると、ピロリ、と軽快な音がなる。そこで彼女がイヤホンを付けて端末を開くと、もう随分と聞きなれたボイスオーバーがメッセージを教えてくれた。送信者はへんなの父親であるディックかららしい。 『これ、セールもされてておすすめですぞ』 そんな言葉と共にリンクのエイチティティーピーまで律儀に読まれ始めたのだが、女は慣れっこだった。ディックやチジョーナは、こうやってたまに、女におすすめの音声コンテンツのリンクを送ってくれる。ありがたいかありがたくないか微妙なところだけれど、URLを読み終わって卑猥なタイトル読み上げのターンになった時、女は噎せるほど笑ってしまった。なんかこう、あまりにも状況が面白くて、自分でツボに入ってしまったから。 「ディック、そんなことより大変。私降りれなくなっちゃった」 そう音声で入力すれば、すぐさま『快楽の高みからですか?』と返ってくる。多分これ字で見た方が面白いんだろうな、とどこか変なことを考えながら「ううん、木の上に登ったら降りれなくなった」と返す。 そうしたらしばらくメッセージが来なくなったので、流石のディックも呆れちゃったんかなあ、と呑気なことを考える。結局返事が来たのは五分後だった。 『うちの息子を迎えに行かせますので』 「え、場所わかるの?私ですらどこか曖昧なのに」 『息子ですから。どうにかしますよ』 「答えになってなーい」 最後の言葉はひとりごとのつもりだったけれど、音声入力が切られていなくてそのまま送られる。それにまあいいか、と思って端末の電源を落とすと、ぽつりと彼女の頬を濡らすものがあった。 「わあ、雨」 傘と白杖の二本使いは、存外難しい。だから、少なくとも彼女の場合は、曇りぐらいなら雨が降らない方に賭けて傘を持ち歩かないのだ。 雨はどんどん強くなって、女の体をビショビショに濡らした。ディックに貴方の息子さん来ませんよ、と文句の一つでも言ってみようかと思ったけれど、端末が濡れたら嫌だなと思って、そのままにしておく。 「───────」 女はびしょ濡れのまま、『雨に唄えば』を口ずさんだ。下手くそな英語で、昔習っていたピアノの鍵盤を思い出して、枝を叩く。思えば、高いところが好きな理由の一つに、雨に一番近い場所だから、というものが、自分の中にあったような気がする。 そうやって雨に打たれながら身を揺らしていると、突然よく知った気配を感じて、女は歌うのを止めた。 「あっ、へんな君だ」 「バカと煙は高いところが好きって言いますけど、それ体現してどうするんですか」 「というか今日のへんな君やけに身長高くない?なんで?頑張って登ったから、ここ結構高さあると思うんだけど」 「どこ頑張ってるんですか。いや普通に、変身能力ですよ。秘蔵のエロコンテンツ引っ張り出してきたんですからね!でも貴女といると物凄い勢いで萎えるんで!ほら早くこっち来てください!」 すると女はにんまりと笑ったかと思うと、無言で手を広げたので、へんなは諦めたように彼女を抱き抱えた。 「あーほら、爆速で元の姿に戻っていってますよ」 「前々から思ってたけど、へんな君ってクソ童貞のくせに私にだけ耐性あるのなんで?やっぱり私が障害者だからそういう性的な目で見ることにブレーキかけてるの?」 「……私は貴女のそういう物言いが、本当に、心の底から嫌なので」 地面に足が着いたと同時に、へんなの体がもうすっかり人間体に戻ってしまったことに女は気づく。普段は色んなところからよく分からないものが出ていて、だからたくさん掴むところがあるのに、今日は彼の指しか掴めなかった。 「あとあれですよ、うちの両親のことを名前で呼んでるのも嫌だし、エロコンテンツをやり取りしてる辺りがなんかもう……マジで嫌ですからねこっちは」 「ディックは私にチジョーナっぽい感じのやつは絶対勧めてこないのに、チジョーナは寧ろディックっぽいやつばっか勧めてくるの、なんか可愛くて好きだよ私」 「ゲェーーーッ!!!なんてもん聞かせてくれたんですか!!!今までで一番萎える!!!」 「今度から変身で暴走した時はこの話を思い出して欲しいよね。……ねえ、ここで話してても濡れるだけだし、どっか入らない?近くにラブホないかな?」 「あんな所にファミレスが!!!!!!」 「度胸ないなあ」 女はヘラヘラと笑いながら、いつものようにへんなに腕を引かれて、そのファミレスの中に入る。 「ちょっと、まだ腕離さないでくださいよ」 「ん、ごめん。ここって中に段差とかあるタイプのお店?」 「いや、床が雨で滑って危ないでしょう。目が見えないなら尚更ですよ。杖でもそういうのって気づきにくいでしょうし」 「………………」 「なんです、その微妙な顔」 「いや……なんか、なんかさ。嬉しいんだけど、私と一緒にいるせいで、なんか君にいらん知識植え付けてるような罪悪感がある。エロだとそういう罪悪感感じないのになあ」 「……はいはい、良いからここ座ってください」 へんなに言われた通り座った女は、手探りで紙ナプキンを手に取り、それで体を拭き始めた。焼け石に水ではあったけど、やらずにはいられなかったのだ。 「ていうかへんな君、どうしてあそこが分かったの?ディックはなんか分かると思いますよ、って言ってたけど」 「だから呼び捨てやめてくださいって。……いや普通に探しましたけどね!?ラッキースケベに500回連続で遭遇しないと割に合わない!」 「ラッキーという概念が壊れてるな〜」 「大体ね、私にそんな能力があるのなら貴女はそんなにずぶ濡れになっていないでしょう」 「そう?でも私、雨に濡れるの好きだよ。 高いところも好きだし。だから濡れ鼠でも、高いところから降りられなくても、別に困らなかった」 「貴女がそんなんだから、白杖クンも自転車タワーを作ったわけですか」 「ダハハハ。流石飼い主のことよく分かってるよね〜」 女は笑って、白杖の持ち手をなぞる。けれも白杖は何も言わない。黙って、その場にいるだけだ。 「高い所が好きなこと自体はいいですけどね、せめて公共の建物ぐらいにしておいて下さいよ。エレベーターとかエスカレーターもあるでしょうし。木なんて以ての外」 「えーんへんな君に正論言われることほどキモいことってないよー」 「は?」 くくく、とへんな笑い方を見せた女は、頬杖を付いて、意味もなくメニューの端を指先で弾いた。何度も、何度も。 「……私の中でさあ、一番高いのって、父さんにたかーいたかーいってしてもらった時なんだよね」 「はあ。でもそれ、子供の頃ですよね。だって貴女のお父様は……」 「うん。今は別の子供のお父さんになってたね。私のせいで」 「いや別に、子供の時しかいませんでしたもんね、って言おうとしただけですけど!?誘導やめてくれませんか!?」 「ダハハハ。いやまあとにかくさ、君の言う通り子供の頃だから、そんなに高くないはずなんだけど、ずっと一番高いって感覚があれなのは不思議な感じだよねって話」 「……前から思ってましたけど、なんでそんなに高いところが好きなんですか?」 「うーん、そうだね。……私しかいないって思えるからかな?ほら、私って結構過敏で、耳も良い方だし。本当の意味で一人って感じられること、あんまりないから」 「へえ、そういうものですか」 「うん。だからそう思えると、安心するんだ。期待も失望も、しなくて済むから」 「…………、」 へんなが何かを言う前に店員がやってきて、二人に「ご注文をお伺いします」と聞く。 「ほら、たとえばこういう時とか」 女は笑って、へんなにそう言った。それにへんなは溜息を吐いて、無難にドリンクバー二つと答えた。

3

「あれ?」 その日、女は駅のとあるスペースでぼんやりと佇んでいた。いつもここにあるはずのものが無い。どうしたもんかな、と彼女は少し考えて、仕方なく駅にいる人々に声をかけることにした。駅員は人によって態度が怖いので、ちょっと苦手。 「あの、すみません」 誰に話しかけているかなんて、女にだって分からない。それが伝わっているのかいないのか、人々は皆自分のことでは無いと思って通り過ぎていく。でもそんなこと、女には慣れっこだった。だから彼女はすみません、と声をかけ続ける。そしてようやく、その一人が捕まった。 「……私ですか?」 「ええ、はい。あの、聞きたいことが」 「これって……あれですか!?逆ナンですか!?」 この時点でもう声をかける相手を間違えたな、と女は思ったけれど、もう今更他の人を探すのも面倒だったので「いえ、違いますけど」と言った。 「えっ、じゃあなんですか?宗教勧誘とかですか?そこに酒池肉林はありますか?」 「そこになければないですね」 「そうですか……」 「私、貴方にピアノの場所を聞きたくて。ここにあったピアノ、知りませんか」 「ピアノ?」 その声色で、ああこの人は知らない人か、と女は判断出来た。目が見えない分、他人の感情を判断する材料が声に偏るし、耳も良い。だから仕方がないと思って、「あ、ごめんなさい。他の人に聞いて────」と言いかける。 「じゃあ私ちょっと聞いてきますよ」 「───え、あ」 女から離れる気配がしたかと思うと、駅員に話しかけている声が聞こえてくる。駅員は不機嫌そうな声を上げたのだけど、次の瞬間何故か引きつったような声で悲鳴をあげて、震える声でピアノが移動したことを話した。だからもう、女はその場所に移動できるのだけど、女はその場所に立ったままだった。顔も知らない彼が帰ってくるのを待っていた。 「駅員さんに聞いてきましたけど、なんかええと…………こういう時ってなんて言ったら伝わるんですかね。東西南北ですか?」 「あー、ええと、そうですね。東西南北とか。あと時計で何時方向、とか」 「じゃあ、貴方の真正面を零時と見て二時方向……あ、午前二時のほうです。そっちに移動になったみたいで。案内しましょうか?いやまあ、私が嫌だったら駅員さん呼んできますけど……」 「いえ、貴方のことを見て悲鳴を上げた駅員さんに、案内してほしくないです。それなら私、貴方の方がいい」 「……はあ」 釈然としないその『彼』に案内されて、女はピアノの元へと辿り着くことが出来た。手によく馴染んだ鍵盤を撫でながら、女はほっと息を吐く。 「なくなってるわけじゃなくて良かった……あの、ありがとうございます」 「いえいえ。善行をしたらなにかエロいことが降ってくるかと思っただけですよ」 「いい事ではなく?」 「エロいことはいい事じゃないですか!」 そういうもんかしらん、と思って女は曖昧に頷く。それから徐にピアノの前の椅子に座って、鍵盤を人差し指で叩く。その動作は、目が見えないにも関わらず澱みない。 「エロいことは出来ないですけど、簡単な演奏は出来るから……まあ、ムード作りに寄与は出来るかもしれませんね。いい感じになりたい人を呼んできてもらったら、お手伝いしますよ。今日のお礼です」 「はあ…………あ、それなら今度連れて来たいひとがいるんですけど、良いですか?」 「ええ。時間が合えばですけど。ちなみに誰を連れてこられるんですか?」 「両親を」 「両親」 「今度結婚記念日だとかなんだとかで。何かしないとうるさいんですよ」 それは女からすれば照れ隠しの声色だったけど、わざわざ言うことでは無いので黙っておく。ただ少し、羨ましかったのかもしれない。女の両親は、女の目が見えないことで何度も揉めて、一緒にいられなくなつたから。母も父も悪い人ではなくて、ただただ目の見えない娘が想定外だっただけで、それが尚更苦しかった。そんなことを思い出すとどこか口寂しくなって、女は無意識のうちに唇の皮を剥がしてしまう。 「それに、こっちで新しく出来た友人も紹介したいですからね」 「…………んえ」 僅かに血が付いた爪先が、唇から離れて、そこからは漫画みたいな間抜けな声が漏れた。私?というように自分を指さす。その指先が震えていたことなんて、きっと本人しか知らない。 「え、この流れだとそうじゃないですか、普通に」 「……………私、ちっともエロくないですよ」 「私が言うのもあれですけど、そこですか」 ────その言葉がどれだけ嬉しかったか、それもまた、彼女本人しかしらないことだった。

女の、いつもは白杖を握っている手が、鍵盤の上で滑らかに踊っている。それを見ながら、見えていないのによくこんなに弾けるものだとへんなは素直に感心した。 「それ、なんの曲でしたっけ。聞いたことある気がします」 「これ?これはねえ、ジムノペディってやつ。エリック・サティの。何番だったっけなあ、とにかく一番有名なとこ弾いてるから、君も聞いたことはあるはず」 「メロディだけなら分かるんですけどねえ」 「あはは。クラシックあるある」 そう喋りながらも、女の手はブレる様子がない。へんなはあまりクラシックのことは分からないが、それなりに長く生きている両親が褒めていたから、まあ悪くは無いんだろうと思う程度だ。 この彼女の家の最寄り駅に来る度に、彼女はいつもピアノを弾く。曲名はいつも違っているが、どれもへんなが知っているレベルの知名度だ。 「前から思ってましたけど、よくそんなに弾けますよね。何歳までやってたんでしたっけ」 「うーん、忘れちゃった。まあ高校生の時にはやめてたかな?」 「私にはあまり是非が分かりませんけど、目も見えないのにそれだけ弾けたなら上手いんじゃないですか?やめてたなんて勿体無い」 「ダハハハ」 へんなの歯に布着せぬ物言いに、女はいつものように豪快に笑った。体が揺れて、音が調子っぱずれになるけれど、それすらもパフォーマンスの一種に見えるのだから大したものだと、へんなは意外にもそんなことを思う。 「目が見えないんだからさあ、『目が見える人より上手く』ないと意味が無いでしょ?だからやめたの」 「……うん?つまりどういうことですか?」 「私のことをすごいって思うのは、技量の話ではなくて、目が見えないっていう、劣っている部分との落差なんだよね。本当にピアノでやっていくなら、目が見えなくても目が見える人より上手くないといけないし、目が見えて上手い人よりもずっと、上手くないといけない」 「………………」 「と、お母さんに言われてさ。言い返す元気もなくて、いつの間にか家にあったピアノは売られてて、今に至ると。まあいいんだけどね。ピアニストになりたいわけじゃなかったから」 女はコロコロと笑いながら、指を動かす。躊躇いのない、洗練された動き。 「まあ……かといって『こう』なりたいわけでもなかったんだけどさ」 へんながそれに何かを返す前に、女は手を止めた。緩やかな音はブツ切りになって、途端に周囲の騒がしい音が耳に入ってくる。帰ろうぜ、とふざけた女の声がへんなを誘って、彼は頷いた。 「そうだ、駅のあそこの塔、まだ残ってるって知ってましたか?」 「塔?」 「貴方の白杖が組み立てたやつですよ。なに他人事みたいに言ってるんですか」 「てへ」 「ウワッ舌の出し方気持ち悪!言葉で表現出来ないネジ曲がり方してますけど!?」 「というかなんで残ってるの?私が言うのもなんだけど、あんなもんあったら危険で迷惑でしょ。さっさと撤去したら良かったのに」 「だからですよ。もうしっちゃかめっちゃかになってて、おまけにグラグラしてていつ倒れるか分からないもんだから、危なくて触れないんです。今もキープアウトって感じで封鎖されてますよ」 「ウソ!あれそんな高かったの!?てっきりへんな君ぐらいの大きさかと思ってた」 「は?私のはもっと大きくなれますけど!?」 「キモい張り合い方やめてね〜」 ぐにゃぐにゃとへんなが変身する気配を隣で感じながら、女はその塔があるだろう方向を見る。こちらに向かって吹いてくる風が、その形で塔の歪みをそのまま彼女に示していた。それほどまでに女の世界は過敏で、情報量が多い。 そしてそれほどまでの情報量をもってしても、女は隣にいるこのへんな動物の何が一体『へんな』なのか理解できないのだった。彼女は生まれた時から、変なものも、変でないものも、何も知らない。その塔の大きさがわかっても、それが高いのか低いのかも分からない。 駅に流れ込んでいく人々が変身しているへんなを見て、気持ち悪いと悲鳴をあげる。それを聞く度に、女はいつももどかしい気持ちになった。今や彼女の指先は唇ではなく、目の方に向かう。開かないその目を無意識に爪で引っ掻いていれば、ぎょっとしたような声で「ちょっと、なにしてるんですか!」とうようよとしたなにかで押さえつけられた。 「……え?今もしかしてチンコ出してる?」 「ひ、人がせっかく善意で止めたと思ったらその言いようですか!?捕まったらエロコンテンツ見られなくなるでしょうが!普通に腫れますからやめた方がいいですって!」 「頭おかしいこととまともなこと両方言うのやめてくんない?」 「交互浴出来て良かったですねえ!」 「それはそうかも」 女は笑った。でもそれはいつもの豪快な笑みではなく、どこか、それこそ変な笑い方だった。でも彼女はそれに気づかない。彼女は変なものを知らないのだ。 彼女はそういう、生き物だった。

4

『私は、貴方みたいになれない』 それは昔、女が言われた言葉だ。女はどうにも『障害者にしては』明るすぎて、配慮にかけているらしい。だから健常者と呼ばれる人達の中でも、障害者と呼ばれる人達の中でも、どちらでも馴染めなかった。 けれどどちらでも、この言葉を言われたのだから笑ってしまう。 一緒にいると、自分が惨めになる。 バカみたいに思える。 皆あなたみたいに前向きには生きられない。 そう言われるたびに、「じゃあ仕方ないね」と女は笑った。別にそれは相手を気遣ったわけではなく、事実として言っただけだった。 仕方がないね。だって、最初からこうだったんだもの。それならもう、諦めもつくよね。

「登るの?」 「え、」 深夜、キープアウトのテープをくぐって、例の塔の真下へ忍び込んだ女の真上から、そんな声が飛び込んでくる。大抵の気配を悟れる彼女ではあったけれど、その声の気配だけは全く気取ることが出来なかった。 でも、不思議と怖くない。その年かさのありそうな男の声は、どこまでも淡々としている。 「……登るんですかね」 「自分でもまだ、分からない?」 「登ったら、一人になるから。それがちょっと、怖いかも」 「一人は怖い?」 「ううん、怖いと思ってしまう方が、怖い」 「?」 よく分からない、と言うようにその声は体を傾けた。その挙動は声に見合わず幼げで、女は少し笑う。 「今度はこっちから質問いいですか。私…………貴方とどこかで会ったことありましたっけ?」 「ウウン。無いよ」 「そうなんですね。でも、不思議。貴方からはひどく懐かしい匂いがする。私はもうずっと貴方と長らくお友達だった気がするんです」 「それ、最近よく言われる。キミみたいな女の子に」 「私みたいな?」 「夜に一人で歩いていられる子」 ああ、と女は呟いて、手元で白杖を弄んだ。どうして自分が彼を知っているような気がしたか、分かったのだ。 「それならきっと、貴方は夜みたいな人なんでしょう。私は目が見えないけれど、それでも夜が来たらすぐに分かるから。それと同じなんですね」 「……そういうもの?」 女は返事をしなかった。黙って塔があるところを見上げてみれば、隣の彼も同じ動きをしたのが分かる。 「……貴方なら、これ、もっと高く出来ませんか?」 「出来るけど、どうして?」 「一人になりたくて」 「そう」と男は言った。そして理由を言う暇すら与えず、彼は強い風となって、高くまで登っていく。女はそれに圧倒されたけれど、息を吐いて、その一歩目を振り上げるようにして、塔へと足をかけた。 夜の間じゅう、女は塔を登った。元々自転車が積み上げられて出来た塔だ。普通に歩いて登っていける構造はしていない。彼女はまず靴を手放した。白杖をリュックと一緒に背負って、裸足のまま、公園の子供がするように四つん這いで登っていく。時たまよく分からない鉄の部分と擦れて肌は切れたけど、彼女にとってはどうでもいいことだった。落ちたらきっと死ぬだろうことも、同様にどうでもいいことだった。 そうして、どれだけ登っただろうか。女はふと手足を止めて、振り返る。当たる風の冷たさと、聞こえてくる音達から、ある程度の高さには到達したことが分かった。 でもまだ、足りないとも思った。まだまだ、孤独じゃない。孤独には足りない。だから女は足を進める。手を動かす。どれだけ汚れてもらアンバランスな塔を登る。 「どうしてこんなことを?」 日が出て数時間したら、そんなアナウンサーが女に声をかけてきた。それで女は、ヘリコプターが飛んでいるぐらいの高さに自分がいることを知る。塔が風圧で倒れない様にだろうか、わざわざ梯子で話しかけたアナウンサーのことを大変だなと思いながら、女は口を開いた。 「少し、一人になりたくて」 「何か伝えたいメッセージなどがあるのでは無いですか」 「え?いや、別に……」 「同じ境遇の方を勇気づけるための行動だという噂もありますが、どう思われますか」 「……あ、一個ありました」 「なんですか!?」 「へんな君、私の代わりに借りてたDVD返却しといて!……以上です」 「……はあ?」 アナウンサーはこれが如何に危険な行為か、そして女の目が見えないことを取り沙汰していたけれど、女はそれを無視して塔を登った。話しかけられるのはいいけど、ヘリコプターの音だけは、どうにかして欲しかった。 それからまた数時間登る。流石に女の体力も限界を迎えてきて、適当なところで座ってリュックを下ろした。足も手もズタズタで、それこそ針山を登ったような有様だったけれど、女は概ね満足だった。久しぶりに端末を開けば、聞きなれた合成音声が親や知り合いからの連絡をわっと流してきて、女は思わず端末を耳から遠ざけた。そうしてそれをぶん投げてしまうと振りかぶったけど、少し考えて、近くに落ちないようにそっと置く。リュックに押し込んでいたカロリーメイトを貪り食って、ペットボトルも飲み干して、空っぽになったそれも置いていく。 「…………これもいいか」 ずっと、自分に付き合わせてきた白杖も彼女はそこに置いた。 そうしてまた、塔を登る。 「…………」 そうしてまた、夜になった。誰の声も聞こえない。視線も感じない。そんな高さまで彼女は登った。地上にいた頃よりもずっと冷たい風が女の頬を撫ぜる。あの彼はどこまで塔を伸ばしてしまったのだろう。バベルの塔、という言葉が思い浮かんで、霧散した。多分、塔はまだまだ続いている。長い道のりで、行こうと思えば多分行けるのだろう。でも一人になりたいという女の願いは、叶えられた。 「…………ああ」 なんて、気持ちがいい。 女は心の底からそう思った。一人でいることは気持ちがいい。どうせ他人は私を理解しないのだと見下すのは、気持ちがいい。不理解を孤高だと勘違いして、理解を億劫がるのを孤独だと勘違いして、自分一人だけが可哀想だと思い込んで、生きていくのは気持ちがいい。誰だってそうだ。彼女だって、そうだった。どんな快楽よりも気持ちがいいだろう。 女はアンバランスなそこに座り込んで、しばらくぼんやりとした。本当に一人になってしまったけど、別に悲しくはなかった。昔の自分が……へんなと出会う前の自分に戻れたようで、女は心底安心した。安心したら暇になって、適当にその場にあった小さな小さな、鉄の欠片を手に取った。それを振りかぶって、投げた。カツン、と跳ねた小さな音も彼女の耳は聞き取ることが出来る。 だから当然────その声も、聞き取った。 「あ……!」 彼女は慌てて立ち上がって、下を覗き込んだ。例え彼女が盲目で無くても、そこには何も見えなかっただろう。でも確かに彼女の耳はその声を聞き取った。聞きなれた、あの少し情けない声が「痛っ」と零すのを。 「…………どうして」 返事は無い。でも彼の声を聞いた瞬間、彼女の体からは力が抜けた。あれだけ心地よかったはずの冷たい風も、高みも、途端に怖くなった。自分の体の内側がぼろぼろと崩れていくような感覚に、女は自分の体を掻き抱く。嫌だ、と思った。認めたくないとも。 ────一人でいるのが怖くなっただなんて。今更、目が見えれば良かったと思ってしまっただなんて。そんなこと、認められるわけがない。 女は後ずさったけれど、ここは塔の上だ。逃げ場なんて、あるはずもない。彼女は追い立てられるようにして上に登ろうとした。それなのに今更、今更痛みが追いついて動けなくなる。 「────パンツ見えてますよ」 「…………」 彼は来た。当然のように、そんな軽口を叩いて女の前に現れた。どうやって来たの、だとかそんな疑問は口から出なかった。女は呆然と、彼がいるである方向を見つめた。 「……これ、忘れてましたよ。大事なものでしょう。なんで置いてっちゃったんですか」 渡されたのは、白杖だった。女は奥歯を噛んで「いらない」と言う。 「いらないって……これカスタムしてるやつで結構高いって、」 「だって……だってこの子は私を置いて行った!」 あの時、白杖が吸血鬼の力によって手足を得た時。女にとって何よりも悲しかったのは、白杖が自分の元を離れて駆け出していったことだった。待って、と声をかけても白杖は止まらず、どこかへ行ってしまって、女はそこでまだ自分に悲しむ心があることを知った。駄目だと思った。自分は一人で生きていかなくてはいけないのに。だから置いていったのに。 「────でも、戻ってきたじゃないですか」 「…………」 「許してあげましょうよ。家出ぐらい、誰だってするでしょう。今の貴女だって家出中みたいなもんですし。それにそんなこと言っておきながら貴女はこの子を迎えに行ったし、この子も戻ってきた。それで充分じゃないですか」 はい、と押し付けられた杖を、今度こそ女は受け取った。微かな凹凸も分かるぐらい、その杖は彼女に馴染んでいる。 「大体ね、貴女の理想は、塔よりずっと高いんですよ。童貞だって最初のデートは手……つなげるか!?ぐらいなもんなのに貴女と来たらこう……あれですよね、あれ」 「経験無いからわやわやになってるじゃん」 「と、ともかく!貴女は童貞なんです!」 「いや違うけど……」 「だから……だから妥協してください。妥協して、他人も、自分のことも、同じぐらい許してあげてください」 へんなの体が風でぐらぐらと揺れる。早くここから彼を返さないと、と思うのに、女の口からはそんな言葉が出てこない。出てくるのは、自分の話だ。 「…………私、」 「はい」 「こわ、かった。ずっと……ずっと、怖かった。へんな君が私といて、だんだん、誘導上手くなるの、とか……フォローしてくれるのとか、気遣い、とか……」 「上手くなってるのならいいじゃないですか」 「私のせいで、君が変わっていくのが、こわかった。嫌だった。どうして私、こうなんだろうって、ずっと思ってた…………」 その言葉に、へんなは大きな溜息を吐く。 「あのね、今自分が凄い傲慢なこと言ってます!?寝取り物の竿役並に傲慢ですよ!?」 「酷い侮辱を受けてることは分かるけど」 「……好きな女の子の役に立ちたいって思って何が悪いんですか!?ええ!?童貞にあるまじきピュア感情でしょうが!」 「いや別に、それは知ってたし……」 「はあ!?知ってた!?知ってたんですか!?」 「だってへんな君みたいな常時キモい発言をしてて行動もシンプルに気持ち悪くてよく分からない形態をしてるらしいひとと仲良くしてくれる女の子なんて、私しかいないでしょ?」 「ま、マジでこっから落としますよこの女……!」 女は笑った。ガハハ、と声をあげて笑って、でもその声が掠れていることに気づく。掠れた声はどんどん薄い過呼吸になって、涙がぽたりと薄汚れたペダルを濡らした。声は嗚咽になって、彼女はずっと目を擦った。へんなはそれを止めることはせず、黙って見つめているだけだ。 「……目が見えないことなんて、気にしたこと無かったのに…………キモいって君が言われてるたびに、それすらも分からない自分が、嫌だった……!へんな君って君を呼ぶ度に、変なものも、そうじゃないものも分からない自分が恥ずかしかった……情けなかった……!」 言葉がつかえて、涎と涙と鼻水があっという間に女の顔をぐちゃぐちゃにする。止めようとしても溢れてくるそれを数分間見つめたあと、へんなはぽつりと言った。 「満足しました?いや、急かしてはないですよ。確認として」 「…………した」 「戻ります?」 「…………戻る。お腹空いた」 「はい。じゃあそういうことで。さっさと降りますよ」 へんなのあっけらかんとした口調が、女の体を動かす。彼女は立ち上がろうとして、「あ」と口を動かした。 「何ですか?忘れ物しました?」 「足も腕も痛くて動けない。へんな君、抱っこ」 「…………は〜〜……ガキですか貴女は!?まあしますけど!?」 「ダハハハ」 へんなに抱きつけば、やっぱりそれは人間の形ではない。よく分からない、変なそれ。でもその変さが、女は嫌いではなかった。 本当は、こんな世界のことも、自分も、嫌いでは無いのだ。その中途半端さがどこまでも苦しくて、どこまでも愛しかった。 「ていうかどうやってここまで来たの?結構高いと思うけど」 「両親とだんご三兄弟状態です。この表現伝わります?要はタワーで……」 「えっ!大変!それ早く言ってよ!へんな君一人だからまあいいか……って思っちゃってた」 「ちょっと!…………いやもういいですけど。はいじゃあ、爆速で私が萎えること言ってくれます?その理論で縮むんで」 「ディックとチジョーナから珍しくマジっぽい雰囲気で話しかけられて、えっなんかしたっけと思って焦ってたら君の話だったし、息子とは、どうなのかな……?って切り出し方されてどうなのかな?と思って仲良いと思いますでもそれだけですねって言ったしそのあとチャットグループに招集もされた」 「グェーッ!最速で最悪の話を出してこないでください!!」 その時の速さと来たら、まるでジェットコースター並だったと女は呑気に語る。そしてその横で三人の家族が珍しく口喧嘩をしていたけれど、女は素知らぬ顔で白杖を付いて、豪快に笑うだけだった。