「そういやさ、二人はカンちゃん先輩に会った?」 「カンちゃん先輩……?」 「いや、知らねえな……」 悠姫の言葉に、恵と創真は顔を見合わせ首を傾げる。この二人が極星寮にやって来て二週間ほどになるが、カンちゃん先輩なる人物を未だに目撃したことは無かった。 「カンちゃん先輩って言うのはね、私達の一個上の先輩なの。名前が三沢カンタロウだから、カンちゃん先輩」 「あ、カンタロウは寒い太郎、って書くんだよ」 「なるほどなー」 榊も会話に加わり、そんな補足をする。恵はそのカンタロウ、という名前の印象からじっとりとした厳つい男を想像し、身を震わせた。悠姫はそんな恵の心象を見透かしたかのように、カラカラと笑う。 「大丈夫だよ、カンちゃん先輩は怖い人じゃないから!どっちかと言うとお調子者って言うか、とにかく明るい人だし!」 「まあ、あの人、一人称も時たまカンちゃんになるぐらいだもんね」 「へ、へえ……」 それなら自分が思うよりも怖くはないのかもしれない、と思う恵の内心の三沢寒太郎は未だ筋骨隆々の大男なのだが、それに気がつく人間はこの場にはいない。 それならさ、という言葉と共に、今度は創真が口を開く。 「人懐っこそうな割にはなんで出てきてないわけ?確か歓迎会にもいなかったような」 「あー、カンちゃん先輩、冬眠するの」 「……冬眠?カンちゃん先輩って動物なのか?」 「ちょっと、その言い方には悪意があるわよ」 「てへへ、ごめんって」 悠姫の言葉にため息をついた榊は、コホンとわざとらしく咳をしてみせた。 「私達も詳しくは知らないけど、カンちゃん先輩は冬が苦手なの。元々体が強くないらしいんだけど、特に冬は体調を崩しやすいらしくって。だから冬の間は登校しないし、あんまり部屋の外にも出てこないの」 「へー、寒太郎って名前なのに冬が苦手なんだな」 「あはは。でもまあ、もう春の中頃だしね。そろそろ登校出来るようになってるんじゃないかな?」 悠姫の言葉に、榊もうんうんと頷く。恵はそんな二人の様子を見ながら、その寒さに震える先輩に会える日は来るのだろうかと、内心で想像していた────勿論、筋骨隆々の男で。 そしてその日は、存外すぐにやってきた。
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「────あれ?知らない子だ」
対肉魅戦の為、極星寮の調理場に籠っていた創真と恵に、そんな声がかけられる。見れば、二人の知らない女生徒が入口から顔だけ覗き込むような形で立っていた。彼女は一瞬驚いたような顔をしたものの、にっこりと笑って体を二人の前に晒す。なんてことは無い、制服姿に黒い髪を横に一つ括りにした姿。強いて言うならば、女子にしては背が高い、というぐらいだろうか。 「どーも、幸平創真って言います」 「あ、たっ、た、田所恵です!」 「創真くんに、恵ちゃん。や、ご丁寧にどーもどーも」 少女はあはあはと笑ってその場に立ち尽くすだけだ。不審に思った創真が「入らないんすか?」と聞けば、少女は苦笑して「私、極星寮の調理場立ち入り禁止なんだよねー」と答える。 「…………遠月学園なのに?」 「そう、遠月学園なのに!いや、君面白いね!エッちゃんみたい!」 またしてもあはあはと笑う少女に、創真は「エッちゃん誰か知りませんけど、そりゃどーも」と返す。恵だけが、困ったようにそんな二人をワタワタと見守っている。 「そんなわけで私は調理場に入れないのでー、申し訳ないんだけど、お水貰ってもいいかな?コップ一杯だけでいいからさ」 「えー、面倒臭いっす。そんぐらい自分でやってくださいよ」 「そ、創真くん!」 恵は慌ててコップに水を入れ、若干つんのめりながらも少女に渡した。 「ど、どうぞ……」 「あはは、創真くんは甘やかしてくれないけど、恵ちゃんは甘やかしてくれるんだ?覚えておこうっと」 「い、いえ、甘やかすだなんてそんな……!」 「いえいえ、十分甘やかしてもらってますとも。恵ちゃんは優しいねえ」 そう言って少女は恵の頭を撫でる。突然のそれは存外優しく、恵はただ目を瞬かせるばかりだ。 「水入れて貰ったんだから、名前の一つぐらい教えてくれていーんじゃないですか?」 「もう、入れたのは創真くんじゃないのに……」 恵の言葉をスルーし、創真は手をヒラヒラとさせ、少女の言葉を促す。少女はそんな二人の掛け合いがおかしかったのか、またあはあはと笑う。そんな様子を見て、明るくて優しそうな人だな、と恵は内心で胸を撫で下ろしていた。 「ごめんごめん、言い忘れてました。私は三沢寒太郎って言います。よろしくね!」 「…………みさわかんたろう」 「はい、三沢寒太郎です。きったかぜーこっぞうのーかんたろうーって歌知らない?それの、寒太郎だよ」 「はは!カンちゃん先輩、歌めっちゃ下手っすね!」 調子外れな歌に創真は遠慮なく笑い、恵は思っていた筋骨隆々の男がこんな細長い少女だったことに驚き、呆然とするばかりだった。そして当の寒太郎本人はそんな二人の様子を見て、またしても笑う。そんな混沌とした場は一色がその場に現れるまで暫く続くのだった。